ミルコ・デムーロ 現在2026|渡米9カ月・日本帰国の経緯と今後まとめ

「ミルコはいつ日本に帰ってくるのか」——。

2025年夏にアメリカへ渡ったミルコ・デムーロ騎手に対して、多くのファンがそう問い続けてきました。

そして2026年4月、約9カ月に及んだアメリカ滞在を終え、日本への帰国を発表。

なぜ彼はアメリカへ渡り、なぜ日本へ戻ることを決めたのか。

この記事では、ミルコ・デムーロ騎手の経歴から渡米の経緯、アメリカでの活躍、そして帰国後の展望まで、最新情報をまとめてお届けします。

目次

ミルコ・デムーロとはどんな騎手?

ミルコ・デムーロ(Mirco Demuro)は、1979年1月11日生まれ、イタリア出身のJRA所属騎手です。

現在47歳。

騎手一家に生まれ、父・ジョヴァンニも元騎手、妹のパメラは元騎手で現調教師、弟のクリスチャンもイタリアの現役騎手という筋金入りの競馬一家です。

1994年に騎手免許を取得し、1997年から2000年まで4年連続でイタリアのリーディングジョッキーに輝きました。

1999年に初来日を果たして以来、日本競馬との縁は四半世紀以上に及んでいます。

外国人初の日本ダービー制覇など輝かしい実績

日本での代表的な実績として語り継がれるのが、2003年の皐月賞・日本ダービー二冠です。

ネオユニヴァースに騎乗して皐月賞を制覇すると、続くダービーも優勝。

外国人騎手として史上初の日本ダービー制覇という快挙を達成しました。

レース後に場内から湧き起こった「ミルコ」コールに、彼は感涙を見せたといいます。

2011年のドバイワールドカップでは、ヴィクトワールピサに騎乗して日本馬初制覇を達成。

東日本大震災から2週間後のレースで、表彰式に日本国旗を掲げた姿は、競馬ファンの枠を超えて多くの人々の記憶に刻まれています。

2015年3月1日にはJRA所属騎手として正式登録。

関西弁が堪能で日本文化にも深く馴染んでいることから「イタリア系関西人」とも呼ばれ、日本の競馬ファンに長く愛されてきました。

なぜアメリカへ渡ったのか?渡米の経緯

2025年7月中旬、ミルコ騎手は七夕賞への騎乗を最後に日本を離れ、アメリカ西海岸を拠点とした新たな挑戦をスタートさせました。

当初の予定は約3カ月とされていましたが、現地での手応えをつかんだことで滞在を延長。

2025年12月まで渡米を続けることを明かしていました。

アメリカでは主にサンタアニタパーク競馬場を舞台に活躍し、2025年には米G3・サーファーガールSで米重賞初制覇を達成。

同年の米国通算成績は30勝と、新たな環境での適応力を証明しました。

2026年もアメリカで好調をキープ

年をまたいで2026年に入ってからも、ミルコ騎手の好調は続きました。

2026年2月15日(日本時間16日)のサンタアニタパーク競馬場では1日2勝を挙げ、年間白星を10勝とするなど、単純計算で年間80勝ペースという驚異的なペースで勝利を積み重ねていました。

ただし、2月末に落馬による肋骨骨折を経験。

完全回復までの間、エージェントの判断で一部騎乗を見送る場面もあったといいます。

日本帰国を決めた経緯と今後のスケジュール2026

2026年4月15日、ミルコ騎手は約9カ月に及んだアメリカ滞在を終え、日本への帰国を決めたことを発表しました。

帰国を決めた背景には、肋骨骨折からの回復を経て「当初の予定通り」に帰国の機が来たという判断があるとみられています。

インタビューでは「元気元気!モリモリです」と明るく語り、体調面では問題ない様子をみせています。

アメリカでの挑戦を通じて得た経験を胸に、日本の競馬界へ再び戻ってくるミルコ騎手。

ファンからは帰国を歓迎する声が多く寄せられており、日本の競馬場に「ミルコ」コールが戻ってくる日は近いとみられています。

まとめ

2003年の日本ダービー史上初制覇から20年以上、ミルコ・デムーロ騎手は日本競馬を彩り続けてきました。

2025年夏から挑んだアメリカでの約9カ月間は、米重賞制覇を含む充実した成績を残す刺激的な日々となりました。

そして2026年4月、日本への帰還を決意。

47歳にしてなお新たな舞台へ挑み続けるその姿勢は、「ミルコ・デムーロ」という騎手の魅力そのものといえるでしょう。

久しぶりの日本の競馬場で、どんな勝利を届けてくれるのか——帰国後の活躍から目が離せません。

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